ポルガラは同じ日の午後遅く到着した。数週間でなく数時間のうちに、間に横たわる何百リーグの道のりを越えてきたふしぎを問う者は、さすがにひとりもいなかった。しかしながら、胸壁のてっぺんで見張りに立っていた歩哨は、ポルガラを病室へ案内しながら、やや目を血走らせていた。まるでしゃべりたくないものをたったいま見たかのように。
 彼女が到着したそのとき、ガリオンは採血の治療価値をめぐって、宮廷医のひとりと議論のまっさいちゅうだった。会話はけっきょく物別れに終わり、刺らく[#「刺らく」に傍点]針を手にベッドに近づいた医者は、ガリオンが剣をつかんで目の前にたちはだかったのにぎょっとした。「妻の血管をそれで開くつもりなら」若い王は有無をいわさぬ口調で言った。「これであんたの血管を開いてやるぞ」
「そこまで」ポルガラはてきぱきとわってはいった。「けっこうね、ガリオン」彼女はマントをぬいで、椅子の背にかけた。
「ポルおばさん」ガリオンは安堵のあえぎをもらした。
 ポルガラの視線はすでに、小柄な王妃を看病している四人の医者のほうを向いていた。「ごくろうさま、みなさん。必要とあれば、お呼びするわ」行ってよろしいと言わんばかりの断定的口調に、四人はおとなしく一列になって出ていった。
「レディ?ポルガラ」セ?ネドラがベッドから弱々しい声で言った。
 ポルガラはすぐにセ?ネドラのほうを向いた。「なあに、ディア」セ?ネドラの小さな手を包み込むようにした。「気分はどう?」
「胸が痛むし、目をあけていられないような気がするの」
「すぐによくしてあげるわ、ディア」ポルガラは安心させるように言うと、批判的な目つきでベッドを眺めた。「もっと枕がいるわ、ガリオン。セ?ネドラを起き上がった状態にしておきたいのよ」
 ガリオンはいそいで外の廊下に通じるドアにかけよった。
「はい、陛下?」ドアをあけると、廊下に立っていた歩哨が応じた。
「枕を一ダースばかりもってきてくれないか?」
「かしこまりました、陛下」歩哨は廊下を歩き出した。
「そうだ、二ダースにしてくれ」背中によびかけて、ガリオンは病室に戻った。
「本気ですわ、レディ?ポルガラ」セ?ネドラが力ない小さな声で言っていた。「どちらかを選ばなくてはならない状態になったら、赤ちゃんを助けてください。わたしのことはかまわないで」
「わかったわ」ポルガラはしかつめらしく言った。「まあせいぜいそういうたわごとでも言って気分を安めることね」
 セ?ネドラは目をみはった。
「お涙ちょうだいにはいつも吐き気をもよおすのよ」
 セ?ネドラの頬にゆっくりと赤味がさした。
「それそれ、とてもいい兆候だわ」ポルおばさんはセ?ネドラを元気づけた。「赤くなれるぐらいなら、くだらないことにもちゃんと気がつくはずよ」
「くだらないこと?」
「さっきのばかげたいいぐさのことよ。赤ちゃんは元気よ、セ?ネドラ。じっさい、あなたよりもずっと元気だわ。今は眠っているわよ」
 セ?ネドラの目が大きく見開かれ、両手でかばうようにおなかをおさえた。「見えますの?」信じられないといった様子でたずねた。
「見る[#「見る」に傍点]、というのは正確な言い方じゃないわ、ディア」グラスの中で二種類の粉を混ぜ合わせながら、ポルガラは言った。「わたしにはかれが何をしていて、何を考えているかがわかるのよ」グラスに水を加えて中身がぶくぶく泡立つのをじっと見守ってから、「さあ、これを飲みなさい」と患者にグラスをわたした。それからガリオンのほうを向いた。「火をおこしてちょうだい、ディア。なんといってももう秋なんだし、セ?ネドラに寒い思いはさせたくないわ」
 その晩ガリオンが行ってみると、ブランドとシルクは暗殺未遂者の無残な死体を調べる作業をすでに終えて、衣服に注意を移していた。「なにかもうわかったかい?」部屋にはいりながら、ガリオンはたずねた。
「女がアローン人だったことはわかりましたよ」ブランドがよくひびく声で答えた。「年齢は三十五ぐらい、生計を得るために働いてはいなかったようですね。すくなくとも、両手にたこができるような力仕事はまったくしていませんでした」
「それだけじゃ、あんまり手がかりにはならないね」
「まだはじめたばかりだ」シルクは血に染注意深くしらべながら言った。
「やっぱり熊神教の線かな?」
「そうとも言いきれない」シルクはドレスをわきにやって、リネンの肌着を手にとった。「素性を隠そうとすれば、他の国の暗殺者を雇うよな。そういう考えかたはいささか手がこみすぎていて、熊神教には不釣合いだ」シルクは眉をひそめた。「さてと、このステッチを前に見たのはどこだったかな?」死んだ女の下着を見つめたまま、シルクはつぶやいた。
「アレルは本当に気の毒だったね」ガリオンはブランドに言った。「ぼくたちはみんなアレルが大好きだった」それだけではいかにも言いたりない感じがした。
「アレルが聞いたら喜んだでしょう、ベルガリオン」ブランドは静かに言った。「彼女はセ?ネドラを心から愛していました」
 やりきれない気持ちにつき動かされて、ガリオンはシルクにむきなおった。「これからどうする? 背後の人間がつきとめられなかったら、そいつはまた同じことをやろうとするだろう」
「望むところさ」
「なんだって?」